システム導入のグローバルプロジェクト、多国籍企業の日本支社に本社のソリューションを導入する場合、どのような知識、経験が求められるのだろうか。多くの場合、ERPのようなパッケージソリューションを導入することになる。国内での導入と異なり、このようなソリューションは、多言語対応されている。ただし、日本国内の商習慣、業界の慣行などに対応しているかというとそうではない場合がほとんどだ。これが、一つ大きな相違になる。SAPやOracleのような欧米発のERPを日本企業にだけ導入するケースでも、欧米発のソリューションが日本独自要件にどこまで対応しているかというのは問題になる、たとえば全銀フォームが支払用に用意されているかなど。しかし、多国籍企業での導入となると、海外にある本社で定められたテンプレートがあり、これが日本支社としてどこまで利用できるのか、追加開発をどこまで要求するか、もしくは追加開発をあきらめて、日本ローカルでExcelなどのツールでカバーするか、手作業でカバーするかを考えることが必要となり、非常に難しい判断が要求される。

この判断、検討、交渉を海外本社メンバー相手に進めていくことになる。海外本社のメンバーは、日本の規制要件、商習慣などそれほど理解していることは期待できないので、日本の業務、規制要件、商習慣について説明しなければならないが、容易ではない。

一方、海外本社で採用したソリューションは、欧米発のものがほとんど、そのソリューションの仕様がなぜそのようになっているか、理解することも必要であるが、これも容易ではない。例えば、インボイスを請求書と訳し、解釈してしまうと必ずしも正しくない。月に、3回文具が納入され、担当者が荷受け状にサインをする。これをもとにして、翌月の定まった日に請求書が送られ、これを支払というのが、日本企業では一般によくみられるが、アメリカでは、納入されるたびに、インボイスが発行され、このケースでは3回のインボイスが発行、例えば、納品から60日後に支払、ただしそれより前に支払われると、何パーセントか支払いが減額され、遅れれば増額されるという決め事で取引が行われるケースも多くみられるようで、このような仕様がシステムに組み込まれており、個別取引ごとに金利計算を実施する仕組みがあったりするが、いったいこれを何に使うのか、日本の担当者には理解できない。

顕著な例は、帳票である。Form1099というアメリカの確定申告で利用するものがあったり、イタリアで利用するフォームがあったりするが、日本で利用する、総勘定元帳に相当するようなものがみあたらなかったりということがある。決済に手形を利用しているのであれば、日本用に開発された機能があればよいが、なければシステム外で対応することになる。ある程度のデータを入力してから準備された帳票を全て出力して判断した結果、使える帳票は一つもない、全て作成する必要があるということも珍しくはない。

海外本社の意向としては、各国で独自に構築されたシステムを本社システムに統合、システムの簡素化、全体としてシステム化費用を圧縮したいという全体最適の考えがある、システムだけにとどまらないで、経理、給与計算などの業務を人件費の安い国にアウトソースすることで、業務処理コストの圧縮を図りたいという意図もある。そのためには、各国が同じシステムを利用している状況が望ましい。一方、各国にとってはシステム部門、業務処理部門の人員削減にもつながることであり、また海外のサポート拠点、業務処理拠点からはたしてこれまでのようなサポートが得られるのかという不安もある。使い慣れたシステムをすぐそこにいる日本のIT部員にサポートしてもらいたいという部分最適の考え方が強くなる。

どこまで海外本社の意向を組み入れるのか、もちろん海外本社のほうが上位にあり、単純には逆らえない、一方で、日本ローカルの業務処理が行えなくなってしまっては、大きな問題が生じる。

このようなことを海外本社に向かっては、英語でコミュニケーションしていかなければならないとなると、非常に時間がかかる。言語の問題だけでなく、規制要件、商習慣についての知識が不足している海外本社担当者に向けて説明をしていくことになるからだ。

要は、英語ができるだけではまったく不十分なのだが、多くのケースで英語はできるが、システムについてはよくわからないような人が日本の担当者として海外本社と直接コミュニケーションをすることになる。この場合、担当者は海外本社担当から言われたことをそのまま日本語にして伝えるようになりやすい。

海外からは、これは全社として必要なことなのだ、日本だけの独自の要望はみとめられないというようなことを言われると、それ以上の交渉は進まない。英語はわかるが、業務処理、システム導入の進め方についての知識が欠如しているからだ。

経験から、ベストなのは、海外本社のテンプレートにつき、設定変更など全体に影響を及ぼさない範囲で対応できることは要望、対応してもらい、細かい部分は、日本サイドで独自システムとしてそれほど費用をかけない形で開発、対応することだと思う。いったん、海外本社のシステムとなってしまうと、メンテナンスも海外で実施することになり、タイムリーにかつ正確に対応してもらうことが容易でなくなるからだ。